空と海のラプソディ  (2026年7月新刊)

   ――能登~七尾

   椿れい 著
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  ■書店販売書籍:なし

  ■POD書籍: \1800 (税込)/(A5変形判110頁 ISBN978-4-910056-93-7)
   2026年7月19日初版発行 →アマゾンでの購入はこち

  ■電子書籍: \1,800 (税込)
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 ◎本書について
  死を間近に控え見えてきた空と海の織りなす光と生命の輝きを歌いあげた写真とポエム

七尾市(石川県)在住の作詞家、ヴォーカリストとして、2012年、58歳という異例の年齢で『能登の一夜星』のCDデビュー。以降、県内、全国はもとより、中国、台湾、チェンマイなど海外でも活躍の場を広げ、テレサテンのカバーを歌い人気を博す。こうして人生の終盤を、唄を交えて地域のために貢献をしていた最中、直腸がんと診断され、肝臓と肺への転移、ステージ4、そして余命宣告を受けた著者。しかし、がん細胞を憎むのではなく、自らの身体から生まれ、魂の成長のために悪役を演じている存在として受け止めた。死への不安や恐怖を抱えるなかで、著者が始めたのが早朝の七尾湾(能登半島)へのウォーキングだった。毎朝見あげる空と北陸の海、朝陽の輝きと変幻自在な雲、そして港の哀愁……。自然の波動に身と心は研ぎ澄まされ、癒され、生命が、死へのカウントダウンとともに輝き出す。その、一期一会の出会いを著者は、カメラのシヤッターを押しつつ、心のステージに舞い降りる言の葉を書き留めた。本書は、限りある命を一日一日を悔いなく生きることの尊さと歓び、無償の愛のすばらしさを、北陸の空と海の写真と、無垢の心から織りなされたポエムで、人生の答えを問い掛ける。本書には、死を間近に控えた著者の稀に見る覚悟に応えた魂の輝きが煌めいている。フルカラー。

◇著者プロフィール / Profile
 椿 れい(Tsubaki Rei)
 七尾市在住の作詞家、ヴォーカリストとして、2012年、58歳という異例の年齢で能登の一夜星のCDデビュー。以降、県内、全国はもとより、中国、台湾、チェンマイなど海外でも活躍の場を広げ、テレサテンのカバーを歌い人気を博す。
 また、オリジナル作品の金沢ロマンスが、ユニバーサルミュージックの目に留まり、CDでメジャーデビューを果たす。さらに、川中美幸さん、瀬戸龍介さんなど、ベテランアーティストの作詞を提供するなど、作詞家としても精力的に活躍の場を広げている。
 2024年、能登半島地震の復興ソングとして、渡辺俊幸の作曲による合唱曲『能登の翼』の作詞を手がける。
 独特の歌声は、マザーズヴォイスと定評がある。家。



●目次:Contents of Table

オンセット
2025年7月22日
カルマを超えて
〜病室の空から〜
アファメーション:In Nanao Bay
今朝、七尾湾の空
早朝の七尾湾
天国の門
新たな私
いのちの選択
泥中の蓮
純白
以心伝心
創造主
からだ
ほんとうの強さ
和顔愛語
真理
愛情と愛
Relax
能登半島地震体験――地球は生きている
『能登はやさしや』
出来の悪い子
瞑想
新生
アマテラス
The Sign
Sixth Sense
委ねる
あたりまえ
アッパレ
アセンション:覚醒
無邪気
花一輪
知っていたことと、分かっていたこと
縁起
老いる
雨の七尾湾
陽はまた昇る
死後の世界
手放す
対極の世界観
神さまのまなざし
母の遺言
Memento mori & Carpe diem
Prayer
魔法の歯ブラシ
Arousal
太陽
アラ探し
雨ニモマケズ
逆転夫婦
晴耕雨観
『愛のひかり』そのままの世
心のバランス
SUN
感謝
穏やかな早朝の七尾湾
心の宝石箱
ふたつの心
午前10時過ぎの七尾湾
雪景色
令和8年、初ウォーク
極上七尾湾
お天道さん
ラ・メール
満月
神さまからのレンタルボディ
弥生
UFO母船
さかさ雲

『佐保姫のなみだ』
七尾湾幻想曲
自然の懐
生死一如
ゆだねる
『人生の終いかた』
祈り
扉の向こう
生と死の狭間で
『月のひかり』
エンディング


   
♠ オンセット
わたしは、22番星からやって来た――
そう言われたことがあります。
その星は、おうし座22番星、プレアデス:すばる星団の一つでした。
地球という星の人間体験がしたかったのでしょう。
の気持ちは変わりません。
免疫細胞もがん細胞も、私の身体が作り出したものです。
自然と、こんな心境になれたのは、わたくしが子を産んで母性愛を体験したからかも知れません。
母親にとって、出来の良い子も悪い子も自分の体内に宿し生まれた子は、どちらも等しく愛しい存在です。
悩んだ魂は、人の心の裏と表、闇と光、憎悪と愛を味わいました。
そしてたくさんの真心と無条件の愛を体験しました。
その感じたままを言葉で紡ぎ、唄いあげて自由意志を謳歌していたのです。
しかし、わたしの肉体寿命は2024年の秋頃に、静かに下降を開始しました。
身体に異変を感じたのです。
病院で検査するのはすこぶる怖かった……。
恐ろしさと不安を抱えながら、やり過ごす過酷な日々……。
2025年6月、ついに、直腸がんとの診断が下りました。
しかしわたしが感じたのは、ショックより一抹の安堵感でした。
なぜなら、「もう不安で迷わなくてよくなった」からです。
すでに、心のどこかで、無意識に覚悟のようなものができていたのかもしれません。
7月末に金沢大学病院で手術。
PET検査で肝臓と肺に転移と診断され、いきなりステージ4。
手術から1か月後のCT検査で腫瘍の拡大がわかり、〝あれよ〟という間に余命8か月から1年に。しかも、抗癌剤治療を施しても余命2~3年と診断が下されました。
おそらく、進行が早く現代医学では完治が難しいタイプのがんだったのだと思います。
ずっと恐ろしい病気だと忌み嫌い、怖かったがんが、いざ罹患してみると、何故か、私の体内に宿った胎児のような気持ちになりました。
がん細胞と闘うとか、やっつけるという気持ちにはならず、むしろ、がん細胞は、私の魂の成長のために犠牲になって、悪役を演じてくれていると直観しました。
今でも、そ挙句、治療は、抗がん剤などの化学治療ではなく、代替医療に賭けることにしました。
それから約8か月が経過しました。
その間、誰が見ても、私が命に関わる病を抱えているなど思いもしないほど元気になりました。
従来どおり、歌のステージや能登半島復興イベントの企画をやり遂げることができました。
それは、代替医療を施してくださった先生、そして食事から生活習慣まで、すべて、私なりに見直し、完治に向けてベストを尽くした結果だと思います。
とはいえ、いくら外見は元気に見えても、病が進行する恐れと、死への怖れだけは脳裏から離れることはありませんでした。
こうして、眠れない夜が何度もありました。
ふと、七尾湾までのウォーキングを始めたのは、病気が発覚してからでした。
自宅から片道25分……、森林に覆われた山の寺の緩い坂道を登って、途中に鎮座されているお地蔵さまにお詣りし、七尾湾を目指してテクテク歩くのが日課になりました。
そのお陰で私の心から少しずつ、不安や怖れの感情が薄れてゆきました。
広大な空と海が広がる七尾湾。
神々しい朝陽。
「ありがとうございます」と言ってスマホで写真を撮った後は、係船柱に腰掛けて、瞑想タイムです。
いろんな想いが湧きあがり、そのままスマホに書き留めました。
ウォーキングを続けられたのは、身体のためというより、不安や怖れで澱んだ私の心が洗い清められたからでした。
空と海と太陽に身も心も預けているうちに、いつの間にか、不安や怖れが薄れていったのです。
雄大な自然界によって、わたしの魂は癒されました。
この肉体が朽ちたあとも、魂は無償の愛で包んでくれる自然界に還れるのです。
わたしたちは、誰もがいつか必ず、この人生にお別れをして、壮大な宇宙、自然界に戻ります。
だからこそ、どんなに辛い出来事に遭遇しても、悲しくて絶望的になっても、一日一日、悔いを残さないように、笑ったり、泣いたり、喜んだり、落ち込んだりしながら、自分の人生時間を精一杯に生きてゆくことが、人生の醍醐味なのではないかと思います。
もしもあなたが辛い想いで悩むことがあったら、この美しい地球という星で出逢える自然、海や空、太陽やお月さまに抱かれていると想像してみましょう。
きっと、きっと――
心の曇りが晴れて、新たな自分を見つけることができるでしょう。


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