新版 アナザヘヴン〈上巻〉/〈下巻〉
   (2017年2月新刊) 

   飯田譲治・梓河人 共著

    あの傑作ホラー小説が、知玄舎電子書籍、新版で登場!

  ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
  斬首死体と脳みそのない頭蓋、血塗られた脳料理の残滓が大量の悪意の波動と恐怖をもたらす猟奇性連続殺人事件。かの傑作ホラー小説が新版で登場。

  ■電子書籍: 上巻・下巻各\600 (消費税別)
   2017年2月3日初版発行(上巻、下巻共)
  
    (購入はTOPページの電子書籍販売店でお求めください)







◎本書について
首がない死体と脳みそのない頭蓋、血塗られた脳料理の残滓、めくるめく大量の悪意の波動の恐怖――猟奇性連続殺人事件を息を呑む精緻な文章表現で展開した、傑作ホラー小説の新版。謎の事件に立ち向かうふたりの刑事たちの勇気とアクションが映像的に迫る。次々と現れる犯人は何者か? 凶器は何か? 目に見えないケダモノの正体は? 得体の知れない底なしの悪意、ナニカが刑事の愛する者に迫ったとき、誰もが予測不能の壮絶な結末が訪れる。果たして人間にとってこの悪意あふれる地上は地獄なのか、それとも「もうひとつの天国」なのか……? ついにヴェールを脱いだ迫真の『新版アナザヘヴン』が登場。


◎著者紹介
飯田譲治(いいだじょうじ)
1959年、長野県出身。86年「キクロプス」で監督デビュー。92年より原作・脚本・演出を担当した『NIGHT HEAD』で注目される。主な作品に『沙粧妙子最後の事件』(95年脚本)『ギフト』(97年脚本)、『あしたの、喜多善男』(08年脚本)、監督作品に『らせん』(98年)、『アナザヘヴン』(00年)、『ストレンジャーズ6』(日中韓合作・12年)、『アイアングランマ』(NHK14年)がある。

梓河人(あずさかわと)
短編『その愛は石より重いか』でデビュー。『NIGHT HEAD』より飯田譲治氏に協力している。飯田氏との共著に『アナン』(角川書店)、『アナザヘヴン』『ギフト』(角川ホラー文庫)、『盗作』(講談社)、『アイアングランマ』(双葉社)など。個人で執筆した初めての著作『ぼくとアナン』(角川書店)も話題に。


◎内容の一部、引用紹介


地と海とは不幸である。
悪魔は怒りに燃えて、
おまえたちのところへ降っていった。
残された時が少ないのを知ったからである。
  
(新約聖書 ヨハネの黙示録 第十二章)

  
 いきなり、目の前にきらめく悪意の世界が現れた。
 天空に輝く五月の星よりも数多い、悪意のスパークに彩られた世界が。
 その妖しい光はあますところなく地上を覆い尽くし、
 あるところでは山より高くそびえ、別のところでは生きた龍のごとくうねっている。
 赤黒い光はぶつかりあい、かき消えて、また次々と新しい火花を生み散らす。
 わたしは声もなくその壮絶な光景に見とれた。
 本当にあったのだ、このような世界が。
 たわごとでも、妄想でも、幻の伝説でもなかった。
 長い間求め続けていた夢の世界に、わたしはついにたどりついたのだ。
 この、わたしの、故郷に。
 めくるめく大量の悪意の波動を受け、わたしはぶるぶると震え出す。
 消滅の危険は冒したが、思い切って降下してよかった。
 よかったのだ。
 初めて知る歓喜にあふれ、わたしは世界に向かって自分を開放する。
 否定され続けていた自分を、あるがままに。
 もう、ここではごまかしも、抑制もいらないのだ。
 ここは自由な世界。
 すべてが許されている最果ての地、地球なのだから。
  
 ああ、この感動を早く誰かと共有したい。
 あの無数の光のひとつ、悪意の持ち主である個体と。
 激しい欲望がとめどなく地上へと発信される。
 その波動に一致したウェイブが応え、わたしはたちまちスパークの渦に巻きこまれた。
 どこでもいい。
 誰かがきっと抱きとめてくれる。
 わたしの巣はこの世界中、どこにでも散りばめられているのだから。
 でも、できることなら、最も平和そうな場所の美しい巣が望ましい。
 与えられた能力を抑えこみ、自分を善なる者と信じている、愚か者の住処が。
 わたしはその者に、もっと深く、楽しく、充実した真実を教えてやれるだろう。
 やわなメランコリーではなく、本物の絶望を育ててやれるだろう。
 そう、そんな悪の巣窟にもうすぐたどりつける。
  
 流れは勢いを増し、さまざまな初めての感触がわたしを貫く。
 冷たい、はかない、ほとばしる、そして、あふれる――。
 そして、わたしはふいに気づく。
 この世界において、自分がいったい何者であるのか。
  
 わたしは、巨大な、一粒の涙だった。

  
   1
  
 完全な円を描いていた光が、ジグソーパズルのようにひび割れ、くしゃりと崩れた。白いレースのカーテン越し、モクレンの葉影に輝いていた満月が。
 心の静寂が破られるとき、記憶に刻みこまれるのは衝撃ばかりではなく、たまたま目の前に広がるなにげない風景だったりする。電話で知らせを聞いた飛鷹健一郎の脳は痺れ、それ以上の情報を拒否しようとあがいた。
 真夜中、閑静な住宅街にたたずむ、小さな庭付きの一軒家。青い花柄の壁紙が貼られたベッドルームには、アンティーク時計の音と妻の寝息が響いている。床に脱ぎ捨てられたくしゃくしゃのガウン、二匹のネズミのように丸まった自分のソックス。そんな平和そのもののありふれた光景が、急激に意味をなさない記号の羅列と化していく。飛鷹はコードレス電話を握りしめたまま、部下の報告に動物的な低いうめきを返すばかりだった。
 悪夢なら、と脳がもがく。どんなにおぞましくても夢ならいつか目覚めるというゴールがある。だが、恐ろしい現実は二度と覚めない。サイドテーブルの上の四角い物体を目に映しながら、やっとそれが時計というものだと認識する。
 現在時刻、午前一時十八分。
『――電話を受けた警官も、またいたずら通報かと思ったそうです。とにかく、あんまりひど過ぎる内容だったので。一応、確認しに出向いたら――とにかく、とにかくきてください』
 いつもクールなはずの部下、早瀬学も動揺しているらしく、さっきから無駄に『とにかく』を連発している。まるで頭が悪くて語彙力のない男のようだ。いつもならすかさず突っこみを入れてやる飛鷹も、今はそんな余裕などない。
 とんでもない事件だ。盗聴防止のため、仕事の電話は携帯電話かコード付きの親機で受けることにしているのだが、寝ぼけて枕元のコードレス電話をとってしまった。今頃、この報告を傍受したどこかの犯罪マニアが吐き気をこらえているかもしれない。
 ざまあみろ――八つ当たりの力で脳を回転させる。
 正統派刑事を自認している飛鷹は、中途半端に警察に介入してくる犯罪マニアが大嫌いだ。凶悪犯罪をメディア越しに見て胸をドキドキさせている一般市民の方がよっぽどかわいい。殺人事件は究極の不幸として恐れられているが、実際、遭遇する確率は交通事故より低い。たいていの人は、まったく無縁なまま一生を終えていくのだ。
 だが、犯罪マニアはただ観ているだけでは気がすまない。傍観者では飽き足らない彼らは、事件にそろそろと手を出してくる。盗聴器をしかけ、現場を踏み荒らし、めったにお目にかかれない遺体の写真を撮ろうとする。被害者の遺族に勝手に近づき、機密データをハッキングしようとする。あげくの果てには警察に妄想半分の通報をしてくる。
 それほど犯罪大好きでモチベーションが高くて行動力があるなら、いっそのこと刑事になればいいものを。マニアは決して事件解決のために奔走したり、社会のために尽くしたりしない。彼らが求めているのは平和ではなく、ただ自分の好奇心を満たす刺激だけなのだ。
 飛鷹はそういうやつらがうざい。リアルな殺人にロマンなんかあるものか。一度とっ捕まえて腐乱死体のひとつとでも抱きあわせてやりたいが、残念ながらそれをやったら逮捕されるのは自分だ。
「すぐいく」飛鷹はできるだけ短く言葉を発した。
 隣のベッドに寝ている妻の美冴を起こさないように、そっと受話器を充電器に戻し、暗闇の中でバッグに入れっぱなしの携帯電話をチェックする。今どき誰も持っていない古いトランシーバー型の携帯。早瀬学から三度の着信が残っている。会議中にマナーモードにしたまま忘れていたのだ。いつまでたっても操作に慣れず、この小さなゴミみたいなボタンに翻弄されている。
 飛鷹はほのかに柔軟剤の香りするベッドから抜け出した。一刻も早くこのほんわかした家から出たい。おぞましい事件という毒を抱えたこの身を、早くそれにふさわしい場所に追いやってしまいたい。足を忍ばせてクローゼットに近づき、たまたま手に触れたスーツをつかみ出す。

(上巻、巻頭部分から。以下、略、本書をご購入ください)


TOPに戻る