石になった男 ......[童話・絵本]
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蛍大介著 みのしまきぬよ絵 B5判上製本32ページ 2000年8月10日初版発行 定価1,680円(税込)
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童話です。この物語の主人公は、大作。からだが大きく、何をするにも動作が緩慢で、周りからは「ノロマ」のレッテルを貼られていました。それでも、小さい時に両親を亡くし、やさしい祖父母に育てられた大作少年はいつもニコニコ顔。毎日、村の名産の味噌づくりを手伝っていました。そうしたある日、村に大雨が降り続きました。水かさが増し、村びとたちは総出で土のうを積み上げ、力持ちの大作も懸命に手伝いました。しかし三日目、ビシッ、ビシッという音がしていよいよ土手が切れそうになりました。「もうだめだ」。村びとたちはいっせいに逃げ出しましたが、大作は二本の丸太をかかえ、切れかけた土手でひと晩じゅう仁王立ち。からだが石のようになるまで頑張り続け、とうとう村を洪水から守りました。何の役にも立たないと思われたノロマな少年が村を救ったのです。
本書の原作は、平成4年の「第6回ありのまま車椅子劇団」で上演されました。社会福祉法人ありのまま舎(仙台市)は、からだに障害を持つひとたちが生活する自立ホーム。常務理事の山田富也さんは、みずから障害(筋ジストロフィー)をかかえながら、障害者の自立運動を展開。劇団はその運動のひとつです。これに共鳴したのが、作者の蛍大介さんでした。蛍さんは、基礎医学の研究を続ける医療従事者。こころ暖まる作風と、みのしまさんのほのぼのとした、しかし力強い絵をお楽しみください。
ISBN4-7952-8674-4 C8793 \1600E
●作者プロフィール
作者の螢大介さんは、東北大学医学部を卒業後、郷里の病院に勤務。診療と医学を研究する一方、子どもたちに童話を書き続けています。
また学生時代に、社会福祉法人ありのまま舎の常務理事で、筋ジストロフィー症を抱える山田富也氏と出会い、その後、自作の作品に障害のある人が絵を担当するというスタイルの絵本の出版にも力を注いでいます。[編集部]
本書について/誰かのかけがえのない人になれたら
「石になった男」は、ありのまま車椅子劇団の第6回公演で上演した作品です。この劇団は、体に障害をもつ人たちが生活する「自立ホーム」に入居している仲間たちが、自ら脚本をつくり出演しています。
作品からは、隣に住んでいる人がどんな人か知らない、街で困っている人を見かけても面倒なことには関わりたくないと見ないふりをする、そんな人間との関わりを持ちたがらない人たちが多くなっている現在への警告のように感じます。
人間は心のどこかに「誰かにとって必要な人間でありたい」と願っているはずです。それは社会の中で一つの歯車になるということではなく、たった一人のためだけでもいい、その人のかけがえのない人になれたら、という願いです。私も無意識のうちに、人生のいたるところで、それを確認しようとしてきました。障害をもっていてもいなくても、この世に生まれてきたからには、一人ひとりに使命があると思うからです。無意識に誰もがそのことを望むのは、そのためでしょう。
螢さんが、ありのまま舎がある東北・仙台の大学で医学の勉強に励んでいたとき、寝たきりの私のもとに会いにきてくれました。優しい心をもつ彼のような人間が一人でも多く医学(医療)に携わるようになればよいのにと思ったものです。そして今、彼はその一員として頑張ってくれています。一生、残念ながら病院とは縁のきれない難病をかかえる者としては嬉しいかぎりです。
物語は、絵を担当されたみのしまさんの「ぬくもり」によって、さらにあったかい絵本になりました。子どもたちはもちろん、多くの若い人たちにも、ぜひこの優しさに触れてほしいと願っています。(社会福祉法人ありのまま舎常務理事
山田富也)
あとがき
もう何年くらい前だったか、私が大学二、三年のときだったでしょうか。当時、お世話になっていた社会福祉法人ありのまま舎の皆さんが、私の作品集『もういちど飛んで』に収録されていたこの物語をもとに演劇を上演してくださるというお話をうかがいました。本当にこの作品でいいのかと思いつつ、自分の作品がお芝居になるなんてめったにない機会と思い、お話をお受けしたことを今でもよく覚えています。
公演の日、劇場にはたくさんの親子連れや若い人たち、高齢の方たちがいらっしゃっていて劇団の人気にびっくりしました。
いやあ、いいのかなあ……と、自分の作品が上演される不安と期待におどおどして観ておりました。やがて皆さんの素晴らしい演劇が終わり、満員の客席から割れんばかりの拍手が起こったとき「ああ、よかった。本当によかった」と安堵の気持ちになりました。最後に私も紹介され、ステージに上げていただきましたが、あまりの恥ずかしさに一番うしろに隠れるようにしていたのが懐かしく思い出されます。
このお話のテーマである「困っている人のために何かを手伝いたい、役に立ちたい」という気持ちは人間としてとても大切です。しかし、毎日忙しくしていると、そのことをつい忘れてしまいがちになります。そうした自分への戒めを込めて書いたのが「石になった男」です。お読みいただいて何か一つでも心にとまるものがあれば、とても嬉しく思います。
みのしまきぬよさんには『もういちど飛んで』に引き続いて絵を描いていただきました。とても優しい目をした女性で、今回もあったかい作品に仕上げていただき、ありがとうございました。
また、ありのまま舎常務理事の山田富也さんからも心温まる跋文をいただき感謝の気持ちでいっぱいです。
山田富也さんは自ら難病の床にありながら、いつも多くの人たちを気づかい、勇気と希望を与え続けておられます。私はその姿勢に、深く尊敬しております。山田さんが十分に仕事ができるよう、そばでサポートされる方々の優しさにも胸を打たれます。最後に、この絵本を編集してくださった藤田正明さんにお礼を申し上げます。(螢大介)
【信濃毎日新聞2000年8月28日第一面「斜面」でとりあげられました。】