病院前医療を読み解く ......[救急救命士制度改革に向けて]
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鈴木 哲司著 B5判136頁 2005年1月15日初版発行、定価1,890円(税込)
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「“医療の空白”は、日本の救急医療が抱える構造的な問題なのである。
それ故、私たちは、この構造的弊害をどのようにして解決するのかを第一に考えなければならない。」(本書から)
ISBN4-434-05228-4 C0030 \1800E
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【著者プロフィール】
鈴木 哲司(すずき てつじ)
昭和48年生まれ、新潟県出身
[学歴]
國學院大學文学部神道学科卒業
新潟医療技術専門学校救急救命士科卒業
聖徳大学大学院児童学研究科児童学専攻修士課程修了、修士(児童学)
現在、千葉商科大学大学院政策研究科政策専攻博士課程、在学中
[職歴]
平成8年神職として神社に奉職後、特定医療法人徳洲会東京本部入職。
湘南鎌倉総合病院救急救命士を経て、
国際医療福祉専門学校救急救命学科専任教員。
現在、帝京大学医学部附属病院救命救急センター在職中。
[資格]
救急救命士、日本赤十字社救急法指導員、日本赤十字社水上安全法指導員、
St.John Ambulanceトレーナー、National Safety Councilインストラクター
[著書]
『民間救急救命士の使命と実態』(2004年4月、知玄舎刊)
[著者ホームページ]
http://t-suzuki.info/
- まえがき
病院前医療は、国民ひとりひとりに関わる問題である。それ故、病院前医療の将来を考えることは、まさしく自分の将来そのものを考えることにほかならない。
歴史的に見ると病院前医療は、社会環境の変化に大きく左右されてきた。今私たちは高齢化の波といった、かつて経験したことのない変革の渦中にある。私たちひとりひとりが、この社会変化を踏まえて病院前医療体制のあるべき姿というものを考える必要があると思う。以上の観点から、本稿は国民に対して、病院前医療を自己の問題として考えるための有用な視点とその具体的な解決策を提供できるものと自負している。
病院前医療の問題を考えるには、現状の病院前医療体制が抱えているマクロ的問題を最初に提起することが良いと考えた。なぜなら、病院前医療の個別的問題はすべてこのマクロ的問題に起因しているものと考えられるからである。日本の救急医療におけるマクロ的問題とは、ひと言で言えば“病院前医療の空白”である。
病院前医療先進国と比した場合、日本の救急医療体制は、救急搬送サ一ビスの改善を余りにも突出させたため、病院前医療の不在状態が放置されることとなった。そのため、この空白を埋めるべく、救急救命士制度を発足させ導入した。しかし現実には、この空白を埋めるまでには至っていない。その原因は、“たて割り行政”の弊害ということも大きな問題としてあげられる。つまり、“病院前医療の空白”は、日本の救急医療が抱える構造的な問題なのである。それ故、私たちは、この構造的弊害をどのようにして解決するのかを第一に考えなければならない。そうすることによって初めて、このマクロ的問題に起因している数々のミクロ的問題の根本がはっきりと見えてくる。
ミクロ的問題とは、救急救命士の処置拡大に関する問題であり、ドクターカーや救急ヘリコプター導入に関わる問題である。さらに、これらミクロ的問題とマクロ的問題の双方に関わるものとしてプレホスピタル・ケアの質向上のカギとなるメディカル・コントロール(MC)体制の構築という問題が大きなものとして浮上する。救急救命士の処置拡大に関するものは、直接国民の救命率に反映されることから、真っ先に取り組んで整備しなければならない。
日本の救急医療の現状を概観すると、その危機感はかなりなものであると認識できる。しかし私たちは悲観ムードに陥る必要はない。諸問題をしっかりと把握し、国民ひとりひとりが真剣に救急医療の現状に真正面から立ち向えば、必ずその解決策は見えてくるだろう。救急医療問題を自分の身近な問題として考え始めることこそがその第一歩となる。
また本稿は、救急医・看護師・救急救命士・救急医療行政関係者のみならず、救急救命士養成学校在籍中の学生の方々には広くテキストとしてもご活用いただけるよう、できるかぎりわかりやすい内容を心がけたつもりである。ぜひ、ご一読いただき今後の救急医療活動に大いに反映させていただき何らかの問題解決策の糸口となれば、筆者にとって望外の幸せである。
【目次】
推薦の言葉−−−−−−−−−−−−−−− フジテレビ解説委員・キャスター 黒岩祐治
推薦の言葉−−−−−−−−−−−− 帝京大学医学部教授・救命救急センター長 小林国男
まえがき 1
第一部 救急業務高度化に関する総合的考察
−“病院前医療の空白”・わが国救急業務の現状とその課題− 4
はじめに 4
第一章 社会学的見識から見るわが国救急業務の本質的問題
−その歴史的遺産と救急業務の特性− 7
第二章 救急業務高度化への課題 11
第一節 救急救命士を考える 12
第二節 救急隊員・救急救命士の質向上における教育制度の重要性 14
第三節 メディカルコントロールは救急医療体制の柱
−大規模災害勃発の可能性が高い時代を迎えて− 16
第四節 救急資器材の高度化 18
第五節 新システム導入がもたらす救急業務高度化への貢献
−ドクターヘリコプターの大幅導入を考える− 19
第三章 消防機関と医療機関のコラボレーション体制 22
第四章 救急医療におけるパラダイムシフト
−公益的救急医療と民間救急搬送サービスとの共存− 24
むすび 望まれる救急医療への提言 27
第二部 プレホスピタルケアにおけるドクターカーに関する考察
−その現状と課題− 29
はじめに 救急医療の本質と社会変化の中での救急医療 29
第一章 全体像 33
第二章 プレホスピタルケアにおけるドクターカーの重要性
−救急救命士の役割分担からの考察− 34
第三章 わが国におけるドクターカー運用の現状と問題点
−各地方自治体独自の取り組みに見るドクターカー− 37
第四章 外国におけるドクターカー運用の現況
−フランスSAMU、ドクターカー運営の理想的なあり方− 46
むすび わが国ドクターカーシステムの限界とその将来的展望
−プレホスピタルケアの質向上の視点からの考察− 50
第三部 メディカルコントロールに関する包括的提言
−わが国メディカルコントロールの将来性への考察− 54
はじめに 54
第一章 本文骨子 57
第二章 メディカルコントロールが持つ今日の病院前医療における意義
−二つの側面からの検証− 58
第三章 地方におけるメディカルコントロールの取組み
―メディカルコントロール体制構築に見る地域医療格差の現状― 64
第四章 MC体制確立に向けた提言―MC体制、二つの主要概念からの考察― 68
むすび MC体制とわが国の救急医療−救急医療体制整備への私的考察− 72
第四部 海外の病院前医療体制の比較から見るわが国救急医療の現状と問題点
−“救急搬送サービス”としての救急業務と“病院前医療”の救急医療− 74
はじめに 74
第一章 わが国の救急医療体制 76
第二章 海外の病院前医療体制−1 −アメリカの場合− 81
第三章 海外の病院前医療体制−2 −フランスの場合− 88
むすび わが国救急医療への提言 92
第五部 海外救急ヘリ事業から見るわが国救急ヘリ導入に関する考察
−既存の救急医療体制における“救急ヘリコプター”と
“ドクターヘリコプター”導入の可能性に対する検証− 94
はじめに 94
第一章 ヘリコプター救急体制に関する基本的考察
−既存の救急医療体制におけるヘリコプター救急の位置づけ− 97
第二章 海外における救急ヘリコプター運用の現状 100
第三章 わが国ヘリコプター救急の将来に関する提言 117
むすび 125
あとがき 127
脚注 128
あとがき
日本の病院前医療が抱える問題は深刻である。そして、それは“医療の空白”という問題に集約される。つまり、日本では、傷病者を救急自動車内や救急現場ではほとんど処置を行わずに、全て医師に任せきってきた。
今日、このような片務性が、病院前医療体制における現実的な危機としてクローズアップされてきた。さらに、このような医療不在の病院前医療は、日本の国民性や行政システム、社会的・組織的・人的弊害が複雑に絡み合っていることが明らかな事実として認識し得るものとなっている。病院前医療の空白は、日本の救急医療の歴史的遺産とも言うべきものである。だからこそ、医療ある病院前医療を確立するには、単なるシステム論に留まらないものとなる。それは救急医療に関わる全ての人々の意識改革を前提としたものにしなければならない。
個別的な問題が山積しているなかでも、メディカル・コントロール(MC)体制の構築と救急救命士の処置拡大は、実効性ある病院前医療を実現するためにも早期に本格的な実現が望まれる。個別的問題は、各々解決しなければならない固有の問題を内包している。例えば、救急救命士に関して言及すれば、救急救命士の質向上とその維持ということが大きな問題となる。救急救命士を支えるシステムは確立したものの、救急救命士そのものの質が低下しては本末転倒となろう。このように個別イシューについては、解決すべき個別の問題が存在する。しかし、共通する問題もそこに見て取れる。それは消防機関と医療機関(とりわけ医師の協力)の理想的なコラボレーション体制をどのように確立するかということである。医師が医療を独占している限り、病院前医療に医療を導入することは不可能であろう。それ故、医師の意識改革が重要なカギとなる。
二つめは、テロの蔓延や災害への危機感の増大が、個別イシューに共通性を持たせることとなった。阪神淡路大震災時には、救急自動車による救急搬送サ一ビスは全く効を奏さなかった。仮に救急ヘリコプターが既にシステム化されていたら、状況はもっと好転していたであろう。また、災害時の混乱した状況下では、病院前医療の指揮命令系統も混乱することが容易に予想される。そのことからMC体制の整備は必要不可欠なものとなろう。
以上、日本の救急医療体制には、解決すべきマクロ・ミクロ的問題が散在している。そして、“国民の生命を守る”という観点から、それらの問題解決はもはや一刻の猶予がない状況にある。救急医療は国民ひとりひとりの問題であり、決して行政機関だけの問題ではない。それ故、国民は救急医療問題を自分の問題として見つめ直すことが大切である。そして、ひとりひとりがその答えを見つけ出す能動的な姿勢こそが真の救急医療改革の第一歩となることを強調したい。
最後に帝京大学医学部の小林教授、フジテレビ解説委員の黒岩祐治先生には多大なご理解を賜り、巻頭の推薦文をいただきました。お二人の先生に深く御礼申し上げます。
また、本書の出版を快諾してくれた発行元の小堀氏に感謝いたします。
平成17年新春
湖畔龍之宮にて 鈴木 哲司
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